生徒から嫌われる教師の特徴とは?そして、嫌われないためには?

生徒から嫌われる教師の特徴

私も嫌われていた

私は20年ちょっとの間、公立高校で教師をしていました。

生徒とのかかわりの中ではいろんなことがありましたが、若い頃の約3年間くらいは一部の生徒から嫌われていた時期があります。

それは採用後すぐの頃ではなく、20代後半~30代前半の頃のことです。

嫌われ方は時期によってまちまちで、もちろんすべての生徒に嫌われていたわけではありませんが、毎日が憂鬱な気持ちであったことをよく覚えています。

その後、嫌われるのは自分の考え方と行動に問題があったということに気づき、それらをガラリと改めていった結果、一転して生徒といい関係をつくることができるようになりました。

今回の記事では、そんな私自身の経験と、多くの同僚たちに話を聞いたりした経験をもとに、嫌われる教師の特徴をまとめてみたいと思います。

このテーマについては、もっとじっくりと考えてから書くべきかとも思いましたが、とにかく思いついた今、完成度は低くなるかもしれませんが書いてみます。

ですので、この記事は今後アップデートしていくつもりです。

嫌われやすい教師の特徴

では早速、わかりやすそうなことから思いつくままに箇条書きにしてみます。

①すぐに怒る

②生徒の話を聞かない

③自慢ばかりする

④嫌味をよく言う

⑤傲慢である

⑥上から目線である

⑦正論で押してくる

⑧建前を重視する

⑨生徒に媚びを売る

⑩生徒をバカにしている

⑪教師は優秀だと思っている

⑫自分がいないと生徒がダメになると思っている

⑬自分の価値観を押しつけようとする

⑭生徒の顔色を窺っている

⑮白々しいことを言う

⑯同僚の目を気にしている

すべてについて書いていると長くなるので、気になるところだけ詳しく説明します。

嫌味を言う教師

嫌味はいろんな場面でつぶやかれます。

たとえば授業中。生徒が簡単な質問に答えられなかったりしたときに嫌味を言ってしまう教師がいます。

私が授業を受けたわけではないので、どのような嫌味が発せられているのかはわかりませんが、同僚が自ら、自分が授業でどういうことを生徒に言ったのかを教えてくれるということは結構ありました。

その同僚に「おいおい、それは言い過ぎじゃない?」などと指摘することもありましたが、そこまで言えないときも多かったです。

また、生徒から「◯◯先生からひどいことを言われた」「◯◯の授業はムカつく」などと聞くことも結構ありました。

「これは基礎中の基礎だぞ。今までなにしてきたんだ?」

「えっ?本当にわからないの?」

「君、受験生だよね?」

「小学生でもわかるよ、こんなことは」

「できないのは仕方ないよ、下手くそなんだから」

「もう一回幼稚園からやり直すか?」

こんな感じの言葉ですね。そこまで罵倒するような発言でなくても、勉強がわからない生徒をバカにする気持ちが込められた言葉です。

生徒のやる気がなかったり勉強ができなかったりしたときに、ついカッとなってこういう嫌味を言ってしまう教師というのは意外と多いものです。

私もこういうことは言わないまでも、生徒のやる気のなさや、こちらの思い通りにいかない態度にイラッとしたことは何度もあります。

とにかく、このように生徒をバカにするような発言をすれば、次第に嫌われていくのは間違いないでしょう。

ところで、このように同僚の悪口を生徒から告げられるとき、ちょっと困ったような気分になりませんか?

生徒に同意すれば同僚に対して裏切ったような気になりますし、かと言って同僚をかばえば目の前の生徒の訴えを軽く無視するようなかたちになってしまいます。

こういうときにどうすればいいのか?別の記事でまとめてみました。そちらもどうぞ!

生徒から他の教師(同僚)の悪口を言われたときの答え方

上から目線の教師

生徒に対してあまりにも上から目線であれば、生徒から嫌がられるのは誰でも察しがつくことだと思います。

ここで注意したいのは、自分では上から目線ではないと思っている教師であっても生徒からは「上から目線の教師」であると思われているケースがままあることです。

心のどこかで「教師は大人で生徒は子ども、当然教師の方が偉い」と思っていると、上から目線になりがちですから注意が必要です。

心の中が上から目線の気持ちになっていると、いろんな場面でそれが態度に表れてきますので生徒からは嫌がられてしまいます。

教育という仕事に対する使命感が歪められて上から目線になることもあります。

自分が頑張らなければ(ちゃんと教育をしなければ)この子たちはダメになる、というように思い込んでしまい、生徒が自分の思い通りに動かないとちょっとしたことでイライラしてしまいます。

「ちゃんと私の言うことを聞いて!」「あなたのために言ってるのよ!」となります。

教師の仕事に重要感を持ちすぎるのもよくありません。

「人として優れた大人である教師が、人として未熟な子どもである生徒に、生きていくための大切なものを教えるのが教師の崇高な仕事である」と、そこまで思っている人はさすがに少ないかと思いますが、

多少なりとも、それに近い感覚を持っている教師の人は多いのではないでしょうか。

「自分がいなくても、教師がいなくても、学校がなくても、子どもは健全に育つ」というようなことが信じられない場合、教師の仕事を重要な仕事だとみなしすぎている度合いが高いかもしれません。

学校に通わなくても元気に問題なく暮らしている人がたくさんいるのは事実です。

日本では法的な障壁があって普及は遅れていますが、アメリカをなどではホームスクーリングがかなり広まっています。

ホームスクーリングは、学校に通学せず、家庭に拠点を置いて学習を行うことをいう。オルタナティブ教育の形式のひとつであり、ホームスクールホームエデュケーションなどともいう。ホームスクーリングが盛んな米国などでは、家庭を拠点としながら大部分の時間を戸外の教育機関で過ごすケースがあるため、在宅教育(ホームスクーリング)とともに、自宅ベース教育と言う表現も使われる。

ホームスクーリングを教育形態で分類すると、教科書などを使い保護者等が教師役をつとめる、あるいは保護者監督のもとインターネットで在宅講座を受けるラーニング・アット・ホーム、他のホームスクール生徒とともに講義を受けるアンブレラ・スクール、子どもの自主性に任せて本人の学習する意欲・興味に従って教育を進めるアンスクーリング(ナチュラル・ラーニング)等がある。(ウィキペディアより)

(関連記事)

生徒に対して上から目線になる先生が多い。年上だから仕方ない?

生徒の顔色を窺う教師

教室の中では、ひとりの教師に対して生徒は大勢います。教師は自分の言動が生徒からどのように見られているのかが気になります。

実際に、生徒たちは教師の言動を見ています。教師のことに関心がない生徒でも、教師が何か変なことを言ったりしたら注目します。

教師がそういうことを考えて、怖くなって生徒の顔色を窺ってしまうようになれば、すべてが悪い方に流れますので注意が必要です。

できるだけ生徒から嫌われたくないと思うのは当然です。しかし、その気持ちが強くなると、自分らしく振る舞うことよりも生徒からどう思われるかが気になってしまいます

多少生徒の顔色を窺うのは仕方ないとしても、その度合いが強すぎると生徒からは”弱い人間”であると思われてしまいます。

そうなると、嫌われるまではいかなくても、「たいしたことのない大人」と思われてしまいます。

そう思われ出したことに気づいて、生徒に迎合したり、すり寄ったり、媚びを売ったりすれば、悪循環にハマりますので注意しなければなりません。

建前ばかりの教師

自分の本当の気持ちを表面に出さずに、教師の建前だけで生徒に接してしまうと、生徒からは嫌われます。

教師が本音でものを言っているのか建前で言っているのか、生徒はすぐに見抜きます

言動が建前が中心になる教師というのは、生徒からしても面白みがありません。

建前を優先させることで個人としての責任を回避することができますから、結局は自分を守っていることになり、そのことを生徒は鋭く見抜いています。

柔軟性がなく、マニュアル化されてしまった人間は旧型のロボットのようなものであり(AIはもっと優秀でしょう)、そういう教師に心を開こうとする生徒は少ないでしょう。

同僚の目を気にする教師

建前優先の教師と同じように、同僚の目を気にして自分らしく振る舞えない教師も生徒からはすぐに見抜かれてしまいます。

同僚の目など気にしていない素振りをしていても、生徒は敏感に察知します。

結局はこれも自分を守っているだけですから、生徒からは”弱い人間”とみなされてしまいます。

集団で生きる動物は、本能的には強いリーダーを望んでいますから、自分を指導する立場の人間が”弱い”となれば、あまり好まれることではないでしょう。

実際に”弱い”ことと、自分の弱さをさらけ出すこととは違います。

自分の弱さをさらけ出すという行為にはある種の勇気が伴われますから、その行為は強い人間のものと受け止められるでしょう。

白々しいことを言う教師

建前を優先したり、同僚の目を気にしたりすると、マニュアル通りに白々しいことを生徒に言ってしまうことになります。

教師自身も、白々しいことを言っているなぁと感じながらも言ってしまいます。

たとえば、校則でスマホ持ち込み禁止であるのに、ほとんどの生徒が持ち込んでいるような場合です。(まず校則を見直す必要がありますが、それには時間がかかるためこういう状況になることがあります)

教師はそのことに気づきつつも、また、生徒も教師が現状に気づいていることを知っている状況でも、

「まさか持ってきている人はいないと思うけど、スマホ持ち込みは禁止だから注意してくださいね」などと真顔で言ってしまいます。

まあ、このケースなら生徒も事情を理解してくれてますから、そこまで嫌われることはないでしょうが、こういうことの積み重ねが徐々に効いてきます。

教師をしているとこのように白々しいことを言わなければならない場面が結構ありますから、そういうときに臨機応変に対応していくことが大切だと思います。

では、どうすればいいのか?

生徒から嫌われる教師の特徴はまだまだいろいろありそうですが、長くなったのでここまでにします。

では、生徒から嫌われないためにはどうすればいいのでしょうか?

それぞれのケースによって対応の仕方は違いますが、基本的には「自分は教師である」ということを忘れれば忘れるほど、嫌われることは少なくなります

完全に「教師であること」を忘れてしまうと、ただのおじさんになってしまうんですが(笑)、可能な限りそこに近づけるようにするとうまくいきます。

「教師だから」こう言わなければならない、

「教師なら」ここは怒らなければならない・・・

こういうことを減らしていくことです。

教師なのに教師であることを忘れるというのは完全におかしなことに聞こえるかもしれませんが、

学校では「教師だから」というのがあまりにも多すぎますので、少々減らしても大きな影響はない、というのが私の考えです。

生徒に接するのに、ひとりの人間としての感覚を大事にしていきましょう、という話です。

「教師」という役割で生徒に接すると、生徒にとってうっとうしくなることが多いのです。

生徒は、「教師」と「生徒」という役割どおりの生活に飽きています。日本の社会がそれに飽きているのかもしれません。

役割としての「教師」ではなく、ひとりの生身の人間として生徒の前に立つ

できるだけそのような時間を長くしていくことをお勧めします。

生徒に本音を語る、自分の失敗を語る、自分の心の弱さを語る、自分の苦しみを語る・・・

自分の真実を語ることです。ときには建前も必要でしょう。でも、自分の真実を語る場面も大切にしてください。

言いたくないことを言うしかなかった場面でも、その後に愛情をもって生徒に微笑んでください。自分の葛藤を語ってもいいのです。

自分も生徒も、同じように笑い苦しみ泣いたりする人間であるのだ、という感覚を心の片隅に置きながら生徒の前に立つ。

結局はそれが一番大切なことなのかもしれません。

関連の記事です↓

生徒指導では「嫌われ役」の教師が必要なのか?①

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