生徒指導では「嫌われ役」の教師が必要なのか?②

「嫌われ役」は必要か?②

この記事は前回からの続きになります。

できればお読みください!

生徒指導では「嫌われ役」の教師が必要なのか?①

「嫌われ役」という発想が生まれるわけ

教師の世界のみならず、「嫌われ役」を買って出る、というようなことは様々なところで言われていることだと思います。

嫌われ役を買って出てトラブルをさくさくと解決させてしまう人や、嫌われ役をあえて買って出ていたことが後でバレて、皆から感動されるようなカッコいい展開・・・なんていうのは素敵ですね。

でも教師の世界での嫌われ役は、なんとなく微妙にニュアンスが違うように思います。

そこで、学校で「嫌われ役」という発想が生まれるプロセスを私なりに考えてみました。

①生徒を叱る

(叱る必要がなくても、学校文化が不自然な叱り方を要求します)

②生徒は嫌がる

(納得のいかないことで叱られると嫌がります)

③嫌がられてもまた叱らなくてはならない

④それが続くと嫌われる

⑤本当は嫌われたくない

⑥嫌われ役も必要だ、ということにしとこう

こういうことではないでしょうか。全然違いますかね? 笑

『生徒には嫌われたくないけれども生徒指導で叱ったりすることは避けられない。みんな嫌がる仕事だなこれは・・・。ようし、じゃあ仕方がない、俺がやってやろう!今日から俺が嫌われ役だぁーー!』

というパターンはなかなかいい感じですが、こんなのはどうでしょうか?

『生徒には嫌われたくないけれども生徒指導で叱ったりすることは避けられない。このままでは俺は嫌われてしまう。生徒から嫌われるのは嫌だ。でも嫌われるだろう。あー、どうすればいいんだ・・・。そうだ!俺は嫌われるのではない、俺は嫌われ役なんだ!そうだ、今日から俺は嫌われ役なんだぁーー!』

こういうパターンが多いのではないでしょうか 笑

嫌われ役をつくらないために

嫌われ役が生まれるプロセスを考えてみた結果、嫌われ役ができてしまうのも仕方がないように思えてきました。

このプロセスのどこがポイントなのでしょうか?

それは、「①生徒を叱る」のところだと思います。

このことに関して、学校ではふたつの過ちを犯しているのではないでしょうか?

過ち①「叱る」から「怒る」への転換

「叱る」と「怒る」はちがうよ、これを間違えると部下は育たないよ、というようなことはみんさんも聞かれたことがあるのではないでしょうか?

それぞれの言葉の意味はおおよそ次のとおりです。

【叱る】 目下の者の言動のよくない点などを指摘して、強くとがめる。

【怒る】 不満・不快なことがあって、がまんできない気持ちを表す。腹を立てる。いかる。

「自分のために怒る。相手のために叱る。」という言葉もあるくらいで、「怒る」と言う事は自己の感情の表現でしかなく、「叱る」と言う事は相手の事を考えた上でのことである点が異なっています。

「怒る」と言う行動がただ感情をぶつけることに対して、「叱る」と言う行動は相手に気付きを与えることを目的としています。

生徒が何か悪いこと(反社会的なこと等)をした場合、教師は生徒を「叱る」ことはしても、「怒る」必要はないのです。

ところが、叱っていたつもりが気がつけば怒ってしまっていた、ということがよく起ります。

叱られている生徒の態度が悪くてだんだん腹が立ってくるのかもしれませんし、怒った方が効果がある(生徒が素直に聞く)と感じているのかもしれません。

また、生徒の態度が悪くなるのは、自分が叱られることに納得していないからかもしれません。

理由はともあれ、繰り返しそういう経験をしていると、教師にとっても生徒にとっても、そのうちに「叱る=怒る」・「叱られる=怒られる」となってしまい、正しい「叱り」が見られる場面が減っていくのではないでしょうか。

ではなぜ、「生徒を叱る」ことがうまくいかないのでしょうか?

過ち②叱りすぎ

生徒が明らかに反社会的な悪いことをしたとき、それを叱るのは必要なことでしょう。

その生徒が、自分が反省すべきであることを理解していれば、一時的に教師に対してムカついたり反発したりすることはあったとしても、その教師を嫌いになるというところまではいきにくいはずです。

ところが学校では、しょうもないことで生徒を叱る(=怒る)場面が多いのです。

制服のシャツが出ている、遅刻をする、スリッパに名前が書いていない、提出物が出ていない、休み時間にスマホを見ている、集会のときに私語をしている、話を聞く姿勢が悪い、講演会で寝ている・・・・

これのどこが”しょうもないこと”なんだ!とおっしゃる人も多いかもしれません。

大切な学校のルール(校則や教師間の申し合せ、暗黙の了解)に生徒が違反したから教師が叱っているわけであって、教師にとったらごく自然なことだと考える人が多いでしょう。

しかし、それらのルールは生徒にとっても大切なものでしょうか。生徒はそれらのルールに納得しているのでしょうか。

生徒はそれらを”しょうもない”と感じていませんか?

生徒にとって大切なルールであっても生徒自身がそれを納得していなければ、それは生徒の目には”しょうもない”と映ることがありえます。

一部の学校のルールに納得していない生徒というのはたくさんいます。あまりのバカバカしいルールに呆れている生徒がいるのも事実です。

現場にいれば、それはみなさんも感じられていることではないでしょうか?私も何度も生徒からそのような愚痴を耳にしてきました。

学校のルールが正しいかどうかを判断するには、それらの有効性を生徒がどの程度納得しているのかを見てみるのがいいと思います。

生徒が納得していないのに、「校則だから」「常識的に見て必要だから」「今までもそうしてきたから」「学校とはそういうものだ」というような理由で生徒を縛りつけるのは、まさに百害あって一利なしと言えるでしょう。

仮にここまで共感してくださったとしても、「だからと言ってルールをすぐに変えることもできない。どうるればいいんだ?」と思われることでしょう。

つまり、ルールが存在する以上、それに違反した生徒を叱らなければならないのでは・・・ということです。

ではどうすればいいのか?

次のページに書いてみました。

次ページ>>>

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