教師としての信念に執着しすぎず流動的な生徒を見よう!私の失敗例

信念に執着しすぎないように

学んで自惚れて失敗する

私は教師としていろいろなことにチャレンジしてきました。その中で、数多くの失敗をしてきました。それらをひとつひとつ説明していたらページがいくらあっても足りないくらいです。

あなたはどうでしょうか?新しいことをやるとたいてい失敗しませんか?いや、私の場合は結構そうでした。まさに試行錯誤の繰り返しです。

私は20代半ばの頃、教師としての実力を上げるために、まずは人間としての魅力をアップしなければならないと考えました。

そこで私は20代半ばの頃から、自己啓発セミナーや異業種交流の塾、教師専門の塾などに通い、どんどんと新しい知識・考え方・素晴らしい人との出会いを積み上げていきました。

気が付けば自分を磨くための研修費として数十万円を使っていました。

そして、とても自分ができる人間になったような気になっていました。だいたい30歳のころのことです。

今思えば、あの頃の詰め込みと人との出会いがあったからこそ今の自分がいますので、あの頃私に教えてくださった先生や同士のみんなには本当に感謝しています。

ところが当時は、自分はすごい学んでいるんだ、という意識が強すぎて、最も肝心なことを忘れていました。

それは、教師の仕事は生徒が相手であること、生徒を見ずして自分中心に何を語っても効果は期待できないということです。

30歳くらいまでの数年間、次から次へといろんなところに出向き学んだ結果、教師としてのやり方にも自信を持ちつつありました。

今でこそ言えますが、同年代の周りの教師たちよりも自分の方がレベルの高い教育をしているという自惚れがありました。

もしあなたも自惚れをもっているかもしれない・・・と感じるのなら要注意です。

当然のことながら、その自惚れは数々の失敗を生み出します。

クラスの約束を決める

2校目の学校で1年生の担任をすることになりました。1年生の担任は2回目の経験でしたし、前回よりはうまくやろうとはりきっていました。

進学校でしたが、自分のクラスには入学式早々に髪の毛を茶髪にしてきている生徒もいたりして、なかなか難しいなという印象がありました。(その彼は現在中学校の教師として活躍しています)

しかし当時の私は自分が最強だと勘違いしていましたので(笑)、生徒をまとめていいクラスを作ることに燃えていました。自信もあったと思います。

そこでクラス開き早々に取り組んだのが、このクラスの約束を決めることでした。

まず最初の過ちは、生徒の反応をまったく見ることなく一方的にこちらからクラスの約束を押し付けたことです。

今もし同じことをやるなら、クラスに約束が必要かどうか、必要であるならばどのようなものがよいのかを生徒たちに決めさせることでしょう。

ところが当時の私にはそのような生徒ファーストな発想はこれっぽっちもありませんでした。

では、私が押し付けたクラスの約束を紹介します。

森信三先生の三原則

さて、教育哲学者の森信三さんをご存知ですか?

詳しい説明は省きますが、知る人ぞ知るとても偉大な方です。もしご存じないなら是非ネットで調べてみてください。とくに『修身教授録 』はよく読まれています。

さて、その森信三先生の「再建の三大原理」というのがあります。

時を守り

場を浄め

礼を正す

これ現実界における再建の三大原理にして、
いかなる時・処にも当てはまるべし。

これはクラスの約束にばっちりじゃないか!と思った私は、それをそのまま使うことにしました。

私はA3の用紙に『時を守り 場を浄め 礼を正す』と大きく書き、それをダンボールに貼って教室の正面、時計の横の壁に貼りつけました。

そして、この三大原則ひとつひとつを、くどくどと説明しました。もうこの段階でアウトです。

くどくどと説明するだけで生徒は嫌がります。いくら新入生で緊張しているとはいえ、こういうことが何回か続くと生徒の気持ちは離れていってしまいます。

三大原則の中身ですが、

「時を守る」は時間を守ろう、ベル着(チャイムが鳴った時には自分の席に着席すること)しよう、遅刻はしないでおこうということです。

「場を浄め」は掃除をしっかりしようということ。

まあ、ここまではよくある感じの話です。

問題は「礼を正す」でした。

俺に敬語を使え!!

私が生徒に説明したのが、「教師には敬語で話そう」というものです。学級通信を配ったりして、敬語で話すことの重要性を説きました。

当時の高校生というのは、もちろん今もですけど、教師に対して敬語で話す生徒もかなりの割合いますが、初めからタメ口である者や、しばらく様子を見てタメ口になるものまでいろいろです。

というより、教師によって使い分けている生徒が多いです。これはあなたも経験あると思いますが、要するに怖そうな教師には敬語、あんまり怒らない教師にはタメ口、といった感じです。

当時の私は、生徒の将来のためにも言葉遣いは大事だと考えていました。ここでしっかりと目上の人間に敬語を使うことを学んでおかないと、その生徒が将来苦労をすると考えていたのです。

いつもは教師に対してはタメ口で話す生徒でも、相手とその場の雰囲気を見極めて、必要だと感じたときは敬語を使うことができるのだ、ということには後になってから気づきました。

その敬語の使い方が間違っていることはあったとしても、自分が必要だと感じたときには敬語を使おうとする。むしろそれが自然なんですね。

しかし当時の私にはそのことが理解できず、今思えば恥ずかしいのですが、敬語を使うことを強制してしまったのです。

強制的に敬語を使うように指示するっていうのは、かなりサムいですよね。冷静に考えたら、そんなことを教師から言われた瞬間に「はぁ?この教師なんか嫌だな・・・」

となります。

当時の学級通信にもこう書いています

◇言葉遣いが意識を変える

4月の始めに約束した、丁寧な言葉遣いをすること。みんなできているだろうか。今まで敬語をあまり使ったことがない人もいるかもしれない。先生に対しても友達に対するような言葉遣いに慣れている人もいるかもしれない。しかし、今を機会に、丁寧な言葉遣いをトレーニングしていってほしい。

私は以前、「意識を変えれば行動が変わる」と思っていたが、“意識を変える”というのは実は難しく、また変わったのかどうか、自分でもよくわからないのである。そんな時、私が尊敬するある人から、こう教えてもらった。

『目に見えない心や意識を変える前に、目に見える行動から変えてみなさい』

これは私にとって新しい発見だった。

まず行動を変えること。あいさつをする、言葉遣いを変える、シャツを入れる、椅子を入れる・・・などなど。これらを続けていけば、気持ちは後からついてくるのだ。

あいさつや丁寧な言葉遣いを続けることによって、謙虚な心が育ってくる。謙虚になると、物事を素直に受け入れて、真剣にやろうという気持ちになる。当然、よりよい成果が出る。そして何より、謙虚さを身につけた人は強い。

とにかく頭でっかちでガチガチだったのがいけません。自分の信念みたいなものに従ってクラス運営をすることが最優先事項となっていました。

こちらが熱を入れて話をして生徒が白けた顔をしているのを見ても、だからこそここで頑張らないといけない、と勘違いしてますます力を入れて話をするような日々でした。

敬語の使用を強要した結果・・・

初めのうちは生徒も気にして敬語を使って話をしてくれていました。しかし、ある時私は変化に気づいたのです。

そのことに気づいたのはある日の掃除の時間です。私は数人の生徒と一緒に、放課後の教室掃除をしていました。

掃除の時間というのは、そんなに堅苦しいものではなく、授業が終わった開放感からみんな伸び伸びやるのが普通なのです。

私もその日まで気づかなかったのですが、そのときは気づいたのです。

それは・・・・・

生徒がほとんど私に話しかけてこない 笑笑

これは面白いですね。話しかけなければ敬語を使う必要もない、ということです。この態度は顕著でした。

みんな友達とは笑顔でぼそぼそと話していましたが、私が近くに行くと話すのを止めてさりげなくその場を離れていくのです。

あまりの重苦しさに耐えられずにこちらから明るく話しかけても、暗い感じで”敬語で”答えてくれるだけで会話が続きません。

これにはまいりました。自分のやり方が失敗だったと気づいた瞬間です。

しかし、すぐに「敬語じゃなくてもいいよ」と修正するわけにもいかないと思いました。また、そんな雰囲気でもなかったのです。

生徒たちは完全に私に対して他人行儀でしたし、信頼もしていなかったのでしょうね。

間違ったことも言っていないし誠実なのはわかってもらえていたと、今振り返ると思いますが、とりあえず面白みがなかったのですね。

面白みがない人間のまわりに人は集まってきません。とくに教師には、面白みという要素はあった方がいいと思います。

面白いギャグを言うとか面白い話ができるとかだけが面白みではありません。

寡黙な性格であったとしても、面白い専門性を持っていたり、マニアックな趣味があったりするだけで面白みのある先生だと認識されるようになります。

結局、敬語を使う、というルールを変えることはなく、それでいて、それ以降はそのルールについて発言することをが少なくなりました。

完全に中途半端な状態である、このままではよくないなと思いつつも、そのときはそれで精一杯でした。

「ごめん、敬語を使えっていったけど、あれは間違ってたな。みんなも敬語は状況に応じて使えるわけだし、自然にやるのが一番だと気づいたよ。だからこれからは、状況に合わせて使ってくれたらいいし、タメ口でももちろん怒ったりしないから・・・」

とか言えればよかったのですが・・・。

みなさん、正しいことをそのまま自分の都合だけで押し通すのは要注意です。

生徒の反応が大事です。同じ生徒でも時と場合によって雰囲気も変わります。それを読んでうまくやる。空気を読むってことに近いですね。

空気の読みすぎも危険ですが、教室内は現在進行形で動いています。その変化を感じとり、流れるように柔軟に対応できる臨機応変さが必要です。

とくに自分の信念みたいなものができてきたなと感じ始めたときは、確認しながらゆっくりやった方がいいと思います。

信念を持つことが悪いわけではありませんが、それにこだわりすぎて本来の目的からズレていないかを時々チェックすることは大切だと思います。

今回は私の失敗した経験をひとつだけお話しました。あなたも多くの失敗を経験されてきていることと思います。

失敗した分だけ成長できる。失敗なしには成長はない。

挑戦の先には成功か学びしかない。

あなたのチャレンジと失敗、そして成長をお祈りします!

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