落合陽一氏も指摘。グローバル化と学校での英語教育について

グローバル化と英語教育

受験に大事な英語

「文系に行っても理系に行っても英語は大事。」

私が高校教師をしていたときに何度も聞いた言葉です。

私も、文系か理系かという進路選択に悩んでいる生徒に対してこのセリフを何度も言ったことがあります。

「英語は大事」という言葉は漠然としていて、どのように大事なのかはっきりと言わずに使うこともありましたが、

将来仕事で英語を使うことも多いから大事だよという意味と、大学受験にとって英語は大事だよ(たいていの学部の入試に英語は必須)という意味のふたつがあるのだと思います。

どちらかというと私の場合は、大学受験に大事という意味で使うことが多かったですし、実際のところ、高校生も教師も保護者もそのように理解している人は多いのではないかと思います。

グローバル化社会に英語は大事か?

グローバル化する社会を生き抜くためにも英語は大事、と考える人も増えてきています。

実際、世の中がグローバル化していることは事実であるとしても、その中で英語のスキルというのがどれほどの価値を持つのか、明確にわかっている人は少ないと思います。

それでも自分の子どもには英語のスキルをつけさせたいと考える親の気持ちは理解できます。

英語が話せないよりは話せるほうがいろいろな選択肢が増えることは間違いなさそうだからです。

この前読んだ本に「英語教育」についておもしろいことが書かれていました。

いま注目されている研究者でメディアアーティストとして知られる落合陽一氏(筑波大学准教授)の『これからの世界をつくる仲間たちへ』という本です。

この中で落合氏は「プログラミングや英語を修得すること自体が目的化しては意味がない」と指摘しています。

子供たちに将来の指針を与える立場にある親の世代が、いまコンピュータやインターネットのもたらす技術的変化や文化的変化によって具体的に何が起こるのか、それがどういう意味を持つのかを理解していません。

そのため多くの親が、子供に見当違いの教育を与えているような気がします。

もちろん親の世代も、自分たちの若い頃とは時代が変わっていること自体は認識しているでしょう。インターネットの発達でグローバル化が進んでいることや、先ほど述べたようにI T化によって利便性が高まったことは誰が見てもわかります。ですから、親の世代も自分たちが受けたのと同じ均質化され出口が約束された教育で良いと考えているわけではありません。

たとえば、英語教育に熱心な親は大勢いるでしょう。「グローバルな社会で生きていくには、英語ぐらいできないと」と考えて、子供が小さいうちからバイリンガルになるための教育を行っています。それを求めるのは保護者ばかりではありません。学校での英語教育を求める声は財界などにも多いですし、文部科学省も小学校への英語教育の導入を進めています。

でも、それが本当に将来のキャリアに役立つでしょうか。

たしかにグローバル化によって外国人とコミュニケーションする機会は増えましたが、コンピュータの翻訳技術もどんどん向上しています。最近は、ちょっとした仕事上のメールのやり取りなら「グーグル翻訳」で事足りるようになりました。音声の翻訳も含めて、その精度は短期間のうちに上がるでしょう。

そういう世界で大事なのは英語力ではありません。たとえばコンピュータが翻訳しやすい論理的な言葉遣いが母語でちゃんとできること、つまりそのような母語の論理的言語能力、考えを明確に伝える能力が高いことのほうが、はるかに重要です。

もちろん、英語の読み書きや英会話ができるに越したことはないでしょう。でも、それは今後の世界を生きていくための最優先課題ではありません。その前に身につけなければいけない別のスキルのほうが、圧倒的に多いのです。

英語はプログラミング言語の一種だと思って、練習して使いこなせるくらいが丁度いい距離感のように僕は感じています。

日本語で考える脳が大事

国際教育の専門家からの意外な指摘もあります。

育児・教育ジャーナリストであるおおたとしまさ氏が執筆されたデイリー新潮の記事によりますと、「東京インターナショナルスクール」の創立者で理事長の坪谷ニュウエル郁子氏が国際教育について興味深いことを言われています。

坪谷氏は、国際バカロレア機構日本大使、内閣官房教育再生実行アドバイザーなどの肩書を併せ持つ教育者です。

坪谷氏は「日本に軸足を置いて生きていくことを前提にするのなら、少なくとも義務教育期間中は、インターナショナルスクールに通わせるべきではありません」と述べられています。

その理由はふたつです。

「1つは日本語を深く学ぶ機会を失ってしまうから。日常会話には困らないという意味でバイリンガルにはなれますが、学校での知的刺激がすべて英語になってしまうと、日本語で考える脳が育ちません」

「2つめは、日本の学校教育が素晴らしいから。日本の教育はダメだとよくいわれますが、PISA(OECDによる学習到達度調査)の成績を見る限り、人口1億人以上の大国で、これだけの教育水準を保てているのは日本くらいです。世界から羨望の眼差しで見られることも多い日本人の共生の精神も、日本の学校文化の中で育まれている部分が大きい。むしろ日本の教育の良い点をもっと世界に広めていかなければいけません」

本当の意味のグローバル教育

さらに気になった坪谷氏の言葉を紹介します。

「日本の教育の唯一の問題点は、自己肯定感を下げてしまうことで、減点主義が原因の一つだと思います。そこさえ補えればいい」

「私は国際会議に出ても遠慮せず自分の意見を言うことができます。でもそれは、場数とテクニックの問題で、大人になってから身に付けられます。子供のころはそのような表面的なスキルを身に付けるよりも、時代にも場所にも限定されない普遍の真理を追究することのほうが大切です。それが本当の意味でのグローバル教育ではないでしょうか」

「興味深いデータをアメリカ国務省が公表しています。世界各国に駐在員を派遣するために、事前にその国の言語を日常会話レベルまで習得させる速習プログラムがありますが、英語に近い構造でアメリカ人が習得しやすい言語で、約480時間が必要だそうです。最も難しい言語に日本語も含まれ、最大で約2760時間必要です。ということは日本人が英語を学ぶのにも同じだけの時間が必要でしょう。私の経験則では、日本人がネイティブレベルの英語を身に付けるには、さらにその倍の時間が必要だと思います。そこまでして『グローバル人材』を育てるのは投資効果が悪すぎます。今後は自動翻訳機があれば、コミュニケーションツールとしての外国語は不要になります。もっとほかの学びに時間を割くべきです」

まとめ

落合氏と坪谷氏がともに、自動翻訳機能について言及されていたのは印象的です。

私も自分の書いた文章を自動翻訳機能を使って英語に訳したことがありますが、ところどころ不自然な英語になってしまうことがあります。そんなときは、日本語をシンプルに正しく直してやることで訳される英文が驚くほど変化します。

このような技術の発達によってコミュニケーションツールとしての英語の重要度が下がってくるとしても、英語を話せるということはひとつの能力として価値があることには変わりありません。

ただ、教育に携わるのであれば、やみくもに「英語は大事だ」と教えるのではなく、時代の変化を冷静に見つめながら子どもたちに接していきたいところです。

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